与えられた恵みへの行動を伴う感謝

…このすぐれて豊かな御恵みを、キリスト・イエスにおいて私たちに賜わる慈愛によって明らかにお示しになるためでした。あなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。それは、自分自身から出たことではなく、神からの賜物です。行ないによるのではありません。だれも誇ることのないためです。私たちは神の作品であって、良い行ないをするためにキリスト・イエスにあって造られたのです。神は、私たちが良い行ないに歩むように、その良い行ないをもあらかじめ備えてくださったのです。                                                                                                 エペソ人への手紙2章4節~10節            

爽やかな春の一日ですが、私たちも神によって祝福された恵みを頂く者でありたいと思います。
今回のボストンマラソン爆破テロの報道を見て、犯人の心の中はどんなものだろうかと思いました。私たちは、見かけや体裁を繕っても、心、魂が整えられているかが問われるのです。私たちは救いを頂き、イエスが内に宿っておられるという恵みをすでに頂いているのです。恵みが一杯与えられていると素直に感謝する者でありたいと思います。
エペソ人への手紙には、神に選ばれたユダヤ人と新たに神によって救われる異邦人たちとの間の隔ての壁が、キリストの十字架によって取り除かれたので、ひとつにされ神の家族になったという中心的メッセージがあります。さらに、その根底には、神から与えられた恵み、祝福、賜物を感謝し、満ち足りている感覚が溢れ、にじみ出ているのです。

1.与えられている恵みの事実を知る

イエスがこの世に来てくださったのは、私に対して愛を示し、十字架の上で私の罪の身替りとして死んでくださるためであり、甦られたのは永遠の命を与えるためでした。このとてつもなく大きな恵みをすでに頂いていることを思い起こしましょう。
私たちは、不足、欠乏感で神の前にいらいらして「どうして私の祈りを聴いてくださらないのですか。」と愚痴っぽい態度に出ているかもしれません。でも与えられている恵みが事実としていくつもあるのです。神の恵みは多様です。その一部分でも認識し、感謝しましょう。頂いた恵みに鈍感になったまま、気づかずに終わることがないように注意しましょう。神の恵みは事実として、与えられてきたということを認識し、その事実を知る者となりましょう。

2.恵みを実体験し実感する

キリストの恵みを事実としてわかっただけでなく、実感をもって、実体験しましょう。私たちの心は油断すると悪魔の策略にごまかされ、罪の力の影響が残っているので、愛したり感謝することができなくなります。神に感謝することを肝に銘じたいと思います。
最近、企業ではクレーム担当の部署が設けられるなど、みんな批判や不平を言うのが得意です。しかし、そうではなく、神から与えられている豊かな恵みを素直に感謝して受け止め、喜ぶ自分になることが大切です。感謝することで心の中に命の泉を開くのです。神に愛され、満ち足り、守られている感覚を自分のものとして呼び起こしましょう。

3.与えられた恵みに立って行動する

神に愛され、満たされている私たちに、今度はやるべきことがあります。それが人に愛を伝えること、与えること、奉仕することです。今回のバザーもそんな具体的な行動を現わすチャンスです。
不平不満、敵意や怒りが心に溢れていませんように。すべてイエスが取り除いて下さいます。私たちの中には人々に伝えたい喜びがあります。それが神によって備えられた良い行ないです。それをするようにと、キリスト・イエスによって選び出された神の作品である一人一人であることを、私たちは喜び合いたいと思います。その恵みに立って行動していきましょう。

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