御旨を求め、御心を行なう信仰

…あなたがたには、あすのことはわからないのです。あなたがたのいのちは、いったいどのようなものですか。あなたがたは、しばらくの間現われて、それから消えてしまう霧にすぎません。むしろ、あなたがたはこう言うべきです。「主のみこころなら、私たちは生きていて、このことを、または、あのことをしよう。」ところがこのとおり、あなたがたはむなしい誇りをもって高ぶっています。そのような高ぶりは、すべて悪いことです。こういうわけで、なすべき正しいことを知っていながら行なわないなら、それはその人の罪です。                                                                                                                   ヤコブの手紙4章13節~17節

 

私は先週マレーシアに出かけ、3年に1度のペンテコステ世界大会に参加しました。おなじみのムーイ先生ほか世界中から6000人ほどの先生方が参加した大会で、会議の合間には、興味深く、すさまじい勢いの働きをしておられる先生方と交流できました。アメリカの同じ大学院の2学年先輩の先生と偶然出会い、30年近くの年月を経て同じように世界で仕事をさせていただけていることを感謝しました。
日本にも必ずリバイバルの日が来ます。私たちの教会は、その火付け役となるのです。そのために、イエスを第一として、たとえ豪雨であろうと礼拝に出席するという真っ直ぐで強い信仰を持ちましょう。そうすれば恵まれるのです。
今日の箇所は、行ないの伴う信仰生活を実現しようと訴えるヤコブの手紙からです。

1.神からの賜物である命に感謝する

大活躍をしているビジネスマンなら、この9月のための行動計画をしっかりと立てるでしょう。しかし、その前に、自分の命そのものが神からの恵みであることを素直に感謝して今日1日を生きることが大切です。ルカの福音書12章でイエスは言われています。大豊作で一生遊んで暮らせると喜ぶ大金持ちに、その夜、神の声が響き、「愚か者、おまえは今晩死ぬ。その時おまえの蓄えたものはどうなるのか」と。
どんなに計画性があっても、命が神からの恵みであると知らなければ、結局は愚か者です。計画は必要です。しかし、計画を立てる前にまず、今日生かされていることを感謝しようではありませんか。そこから全ては始まるのです。

2.主の御心を実現する生き方に立ち返る

どんなときも主の御旨を求め、それに従って生きていくことです。御心を求めないで、自分の決意を語るのは情けなく愚かであり、その行き着くところは罪深い悪だと語られています。弟子の筆頭格だったペテロも、捕らえられたイエスを知らないと言い、あっけなく裏切ってしまいます。彼の威勢良さは、高ぶりでしかありませんでした。復活されたイエスの問いかけに、情けなさで返事もできないペテロでした。しかし、「わたしの羊たちを養え」と語られた、主からの言葉が彼のビジョンとなり、変えられました。
神が与えて下さる夢や目標を求め、そのビジョンを実現させて下さいと願う者になりましょう。

3.なすべきことは今すぐ行なう

「いつやるの?今でしょ!」が大流行しましたが、なすべきことが示されるなら、今それを行なう信仰を持つことです。マタイの7章にも「主よ主よと言う者ではなく、父の御心を行なう者が天の御国に入る」と書かれています。口先だけでなく、なすべきことを、すぐに行動に移す者とならせて下さいと祈りましょう。そうすれば、自分の願いや思惑を超えて、神が示して下さる、今すべきことが与えられるはずです。誰かのためにたとえ1分でも良いから祈ること、献げるべきもの、すべき奉仕や声を掛ける人がいるのではありませんか? クリスチャンに与えられている信仰は、飾り物ではありません。信仰によって歩むのです。この秋の生活に、良きサマリヤ人のような、具体的な信仰による行動が伴いますように。

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