世の終わりを見つめての信仰

イエスが、宮から出て行かれるとき、弟子のひとりがイエスに言った。「先生。これはまあ、何とみごとな石でしょう。何とすばらしい建物でしょう。」すると、イエスは彼に言われた。「この大きな建物を見ているのですか。石がくずされずに、積まれたまま残ることは決してありません。」…ペテロ、ヤコブ、ヨハネ、アンデレが、ひそかにイエスに質問した。「…いつ、そういうことが起こるのでしょう。また、それがみな実現するようなときには、どんな前兆があるのでしょう。」そこで、イエスは彼らに話し始められた。…              マルコの福音書13章1~13節

先週木曜日に起きた熊本地震は、現在も強震が続き、熊本県外にも被害は広がっています。地震が一刻も早く収束しますよう、また、被災地の方々を主が守って下さいますよう日々お祈りしています。相次ぐ地震、津波、大型台風などが去来すると「世の終り」が来ているのか、という思いがやってきます。「世の終り」、「イエスの再臨」ということは、確かに聖書に約束として記されています。それに因むイエスの教えに今朝は目を留めたいと思います。
今日の聖書箇所の冒頭では、弟子が神殿の建物のすばらしさに感嘆の声を上げています。その時、イエスは非常に重要な事を言われました。形ある物は必ず崩れる(13:2)、始まりのあるものは、いつか必ず終りが来る。これは聖書の中を貫いている一つの教えの原則です。「世の終り」がいつ来るかは誰にもわかりません。このことに対して、私たちがクリスチャンとして受けとめておくべき大切な四つのポイントを確認しましょう。

1.イエスの福音が全世界に満ち溢れる

「世の終り」の前には、イエスの救いのメッセージが全世界に伝わっていなければなりません(10)。神の御業の完成のために、私たちクリスチャンが、自発的に福音伝道に励むことを忘れてはいけません。イエスを積極的に証ししようではありませんか。

2.聖霊が益々力強く働く時代となる

私たちの努力だけでは、イエスを証しすることはできません。私たちは聖霊を体験するべきです。私たちは何を語ればよいかわからないけれど、聖霊が語らせて下さるのです(11)。聖霊が私たちと共に働き、神の御業を実現して下さるのです。「世の終り」に向けて、今以上にもっともっと力強く私たちの教会に神の御霊が働き、人々が癒され、悪霊が追放され、しるし、不思議、奇跡が起こるような、聖霊の御業を体験するようになるのです。クリスチャンが果たすべき使命はまだたくさんあるのです。

3.信仰が覚醒する

私たちは、「世の終り」だといたずらに騒いだり心配したりせずに、目を覚ましていなければなりません。私たちの信仰は、いつも目覚めていてこそ神の御業を伺い知ることができるのです(28-33)。「世の終り」に向かう時、クリスチャンの信仰はもっと熱心になるのです。

4.神の言葉は永遠に立つ

イザヤ書40章8節の御言葉と相通じるように、イエスも「わたしのことばは決して滅びない」言われました(31)。それはすなわち、神が私たちに与えて下さった福音です。
神が愛し選んで下さり、あなたは救われ、永遠の命まで約束されていて、この約束や神のお言葉は何ら色褪せることはありません。イエスがあなたを選び、救い、永遠の命まで与えて下さり、この地上での使命まで与えて下さったのです。このクリスチャンの信仰はなんら揺るがないことを感謝しましょう。「世の終り」は、自分の人生の終わりにも通じています。私たちの一生も終りに向かっているのです。「世の終り、自分の死」を意識しながら、クリスチャンとしての確信を持って主と共に歩んでまいりましょう。

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