キリストに繋がって新しく生きる

…恵みが増し加わるために、私たちは罪の中にとどまるべきでしょうか。絶対にそんなことはありません。罪に対して死んだ私たちが、どうして、なおもその中に生きていられるでしょう。…私たちの古い人がキリストとともに十字架につけられたのは、罪のからだが滅びて、私たちがもはやこれからは罪の奴隷でなくなるためであることを、私たちは知っています。死んでしまった者は、罪から解放されているのです。もし私たちがキリストとともに死んだのであれば、キリストとともに生きることにもなる、と信じます。
                   ローマ人への手紙6章1節~8節

この一週間での最も大きな話題は、トランプ氏の大統領就任。アメリカの一つの特徴は、どんなに進んでいても乱れていても、一方で毎週日曜日に礼拝に通い、熱心に祈る真面目なクリスチャンが多い国でもあるということです。今回、アメリカの熱心なクリスチャンたちは誰に投票したと思いますか? 実は、意外にもヒラリー氏ではなく、あの傲慢なトランプ氏に投票したのです。
それには、はっきりとした理由がありました。どちらがクリスチャンらしいかではありません。一昨年、アメリカの連邦最高裁で同姓婚が法律上認められ問題となりました。男と女が神の導きによって出会い結び合い夫婦として添い遂げるという神の定めから、あまりにも逸脱した判決が下ってしまったことが、今回の選挙に大きな影響を与えたのです。ヒラリー氏は人間の自由と権利を謳っていましたが、それは同姓婚や人工妊娠中絶を認めることに繋がります。クリスチャンたちは、多様な人々の存在を認めながらも、神の御言葉を土台として生きるべきだと考え、祈りをこめて、伝統的なキリスト教の価値観に近い共和党のトランプ氏に投票したのです。
日本人はグレーのまま中途半端にしておくのが得意な民族ですが、神様の前に立つ時には自分の居場所を明確にしたいと思います。今日の聖書の箇所はまさにそうです。私たちはイエス・キリストを通して神の御心に繋がる生き方をしたいと思います。

1.主の死により罪から断ち切られている

例えば、仕事の中で、皆がやっている習慣のようなことでも、時には法律に抵触するかどうかギリギリのことに直面することがあるでしょう。そんな罪や穢れに取り囲まれた私たちの生活ですが、その中で私たちの心が鈍感になってしまい、クリスチャンであるにもかかわらず、以前と同じように罪を犯し続けないように気をつけましょう。イエスをまだ信じておらず、神の愛に目覚めていなかった古い私たちは、世の人々と一緒になってバレなければ良い、ごまかせれば良い、捕まらなければ良いと、悪賢く罪を犯してきたでしょう。しかし、イエスを信じ洗礼を受けた私たちは、罪を洗い清められたのです。罪人であった古い自分とは縁を断ち切ったのです。

2.神に繋がった新しい「人」として生きる

同じ「人」としての命に見えるかもしれませんが、私たちは霊的に新しい「人」としてキリストに結びついて生きます。イエスが十字架にかけられ、死なれた出来事は、「復活」に必ず結びついています。キリストと共に死んだ私たちですから、キリストと共に新しく生きる者となりましょう。今までとは違う新しい自分の物語が展開していくことを期待しましょう。

3.新しい者としての生き方をする

新しい者には、新しい考え方や生活習慣、つまり新しい生き方が伴います。“Devine Connection”とは、心のどこかでひっそりと繋がっていれば良いとか、人に理解されなくても魂の深いところで神に結びついていればそれで良いというのではなくて、新しいキリストの命に結びつく時に私たちも新しくされ、新しい歩みをさせていただけるのですから、日々の実生活の中にも新しさを期待し、クリスチャンとしての生き方を実践しましょう。

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