素朴な祈りで恵みの流れを生み出そう

ヤベツは彼の兄弟たちよりも重んじられた。彼の母は、「私が悲しみのうちにこの子を産んだから。」と言って、彼にヤベツという名をつけた。ヤベツはイスラエルの神に呼ばわって言った。「私を大いに祝福し、私の地境を広げてくださいますように。御手が私とともにあり、わざわいから遠ざけて私が苦しむことのないようにしてくださいますように。」そこで神は彼の願ったことをかなえられた。          歴代誌第一4章9節~10節

私たちに与えられた神を信じる信仰は、一人一人に恵みと幸せをもたらすものです! この夏の日々も恵みの神の祝福を満喫し、あなたの周りの人々に神の愛が伝わっていくことを願っていきたいと思います。兄弟姉妹、この夏の季節の始まりに当たって、私たちは「良い流れ」「恵みの流れ」を確実に受け止め、頂きながら前進しましょう。
今日の「ヤベツの祈り」と呼ばれる聖書箇所から、この「恵みの流れ」を掴みたいと思います。ヤベツは特別な預言者でも祭司でもありません。一人の主に仕える信仰者にすぎません。彼が素直に神に自分の求めを祈った、そうすると神が彼の祈りをシンプルに受け止めて下さって彼の願いは聴かれ神からの恵みを頂くことができたのです。兄弟姉妹、私たちも夏の始まりにあって「神の恵みの流れが私たちを導きます」と信仰の告白をもって歩んでまいりたいと思います。「聖書の神は恵みの神である」ということを体験する秘訣を3つのポイントから確認しましょう。

1.具体的な必要を素直に祈る

イエスが、命を捨てて十字架の血潮で私たちを恵みの中に導き入れて下さり、私たちの成長を願って下さることを感謝しましょう。私たちのために、御子イエスの命さえ与えて下さった父なる神が、御子と共に全てのものを私たちに与えて下さらないはずがありましょうか!と御言葉にあります。神は必ず全ての恵みを与えて下さいます。
ですからヤベツのように、生活の必要全てを具体的に神に祈ろうではありませんか。10節でヤベツは、「もっと私が豊かに祝福されますように、もっと土地持ちに、財産家になりますように」と祈っています。彼の祈りは格式ばったものではありませんでしたが、神はこの祈りを聴いて下さったのです。

2.霊的祝福を求めて祈る

10節の後半の部分「御手が私とともにあり」とありますが、旧約では、特に神が私たちと共におられ私たちを決して見捨てることなく、神の御業、助け、知恵、神の力強い働きが私たちの人生の中に現される、ということをこのようにわかりやすく擬人化して表現しています。私たちの心の中の孤独感という闇には注意が必要です。「御手が共にある」、神との繋がりのある時を喜び歩んでいきましょう。神が私たちと関係を持ち、共にいて下さることに感謝しましょう。

3.災い、苦しみからの守りを求めて祈る

私たちは、クリスチャンになっても弱いままの存在ですが、神の助け、守りがあって大丈夫な存在でいられるのです。だからヤベツは、「私は弱いから私を様々な試練から守って下さい」と祈ったのです。私たちも彼のように、自分の弱さ、足りなさをそのまま認めて神に祈りましょう。神は私たちと共にいて守って下さり、時には災いを遠ざけることさえして下さり、私たちを試練、迫害から守って下さるお方なのです。だから弱い私たちであっても、神と共に力強く前進することができるのです。弱い私たちが恐れずに歩める、この計り知れない恵みに感謝しましょう!
9節には、ヤベツの母は「悲しみのうちにこの子を産んだ」と記されています。そんな中にあっても神は祝福して下さったのです。どんな状況にあろうと恵みの神として向き合って下さる神に感謝しましょう。

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