キリスト信仰を貫く癒しの御業

まことに、まことに、あなたがたに告げます。わたしを信じる者は、わたしの行なうわざを行ない、またそれよりもさらに大きなわざを行ないます。わたしが父のもとに行くからです。      ヨハネの福音書14章12節

「主の恵みは朝ごとに新たである」と聖書は語っています。今日の礼拝でも神からの新鮮な恵みが与えられることを期待し信仰の器で受けとめましょう!
今日は癒しの礼拝ですが、クリスチャンとして生きていくときに癒しを頂くのは当たり前のことであると知って欲しいと思います。今日の聖書箇所の中でイエスは重要なことを語られました。「まことに、まことに、あなたがたに告げます」とイエスが言われる時は、特にイエスが注意を喚起している所ですので、その真理を見逃してはなりません。「わたしを信じる者は、わたしの行なうわざを行ない、またそれよりも大きなわざを行ないます。わたしが父のもとに行くからです」と弟子たちに語られました。イエスを信じるクリスチャンは、イエスより力強いわざを行なうようになるだろう、それはイエスが十字架と甦りの後、天に昇られて天から聖霊を下し、私たちを聖霊で満たしてくださるから、イエスがなさっていた御業以上のわざさえ行なうようになると言われたのです。イエスの御業とは、神の御言葉を語り人々を救いに導き、病んでいる人々を癒すことに他なりません。イエスの働きに、癒しは当たり前のように含まれ、聖霊が働く時代には、私たちもそのような働きができると約束されたのです! 聖書箇所を見ながらそれを確認しましょう。

1.イエスの癒しの御業

イエスが救い主キリストとしての公生涯を始められようとした最初の時に、旧約聖書を開いてご自分の働きを預言的に語られました。救いの到来を人々に宣言するために来たのであり、その中には、当然、癒しのわざが組み込まれている、と(ルカ4:16-19参照)。主イエスの働きとは、具体的にどのようなものか。ルカ4:40では、救い主イエスが、単に癒しを期待されただけでなく、常に癒しの御業を具体的に現されていることを感謝しましょう。

2.弟子たちにも与えられた癒しの御業

癒しの御業は、イエスだけでなく、十二弟子にも与えられていました。ルカ9:1-2を見ると、十二弟子には、福音を宣べ伝え、すべての悪霊を追い出し、病気を直すための力と権威を授けられ、そしてルカ9:6には、十二弟子が、福音を伝え病気を直したと記されています。さらに、十二弟子だけではなく、イエスが70人の弟子を、福音を伝え病気を直すために遣わされたと記されています(ルカ10:8-9)。そして17節で彼らが、主の御名の権威によって祈ると、悪霊さえ服従したとイエスに報告しています。

3.クリスチャンに与えられる癒しの御業

この癒しの恵みは、それ以外のイエスを信じ従う者にも与えられるとイエスは約束しています(マルコ16:17-18参照)。使徒5:12、15-16を見ると、初代教会に癒しのわざが溢れていたことがわかります。
このように確認してみると、癒しは特殊なことではないことがわかると思います。だから、私たちの教会でも癒しは体験できるのです! なぜなら、イエスの福音を宣べ伝えるキリストの体である教会、クリスチャンの集まりの中にはいつも癒しが当たり前のように伴ってくるからです。ヤコブ5:14-15には具体的に教会での癒しの働きが記されています。
今日もイエスが共におられる礼拝で、イエスの癒しの御業にあずかりましょう!

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