心の平和

キリストの平和が、あなたがたの心を支配するようにしなさい。そのためにこそあなたがたも召されて一体となったのです。また、感謝の心を持つ人になりなさい。キリストのことばを、あなたがたのうちに豊かに住まわせ、知恵を尽くして互いに教え、互いに戒め、詩と賛美と霊の歌とにより、感謝にあふれて心から神に向かって歌いなさい。あなたがたのすることは、ことばによると行ないによるとを問わず、すべて主イエスの名によってなし、主によって父なる神に感謝しなさい。 コロサイ人への手紙3章15節~17節

私たちは相対的な平和、失われてしまう平和ではなく絶対に揺るぐことのない平和を持つ者とされたいのであります。今日の聖書箇所から「本物の平和」を再確認したいと思います。

1.キリストの平和で心を支配する

「本物の平和」それは「キリストの平和」であります。私たちは平和を考えた時に心の内側よりも外側の事を考えがちです。良い条件が揃っていて悪い事が無いと平和、反対に悪い条件ばかりで良い事が無いと平和でない、そのように考えがちです。そして、悪い条件ばかりで良い事が無いと、私たちの平和は揺らぎ、その平和を無くしてしまうのです。けれど「本物の平和」は、外側の条件に左右されるものではなく心の問題で、イエスは、世の与える平安と違い、誰も奪うことのできない平安を私たちに与えて下さっているのです! でもその平安、平和に私たちが支配されてないとするなら、私たちの心から「キリストの平和」が失われてしまっているからです。「キリストの平和」とは、「キリストの血によって、神と和解させ」(エペソ2:13-16)、「十字架の血によって平和をつくり、…和解させてくださった」(コロサイ1:19.20)、この御言葉に保証されています。「もっと神に仕えないと神のとの和解と平和は得られない」と考えているなら、これは自分の側から神と和解しようとしているのであって、御言葉からすると間違っているのであります。間違った事をしているから、私たちは平和を無くしてしまうのです! 「私たちは神と和解したのだ! 平和は造られたのだ!」この思いで心を支配しましょう!

2.御言葉を心の土台に据える

私たちの信仰は、御言葉に始まり御言葉に終わると言っても過言ではありません。御言葉の乳を慕い求めることにより私たちは成長し、その救いがもっと確かになり、私たちの心は平和で支配されていくようになるのであります(1ペテロ2:2)。また、神の御言葉を愛する者には、豊かな平和が与えられるのです(詩篇119:165)。御言葉を人生の土台として築かなければいけません。御言葉の土台の上に立っていれば私たちは何があっても平和なのです(マタイ7:24-27)。御言葉を握りしめて信仰の歩みを成し、キリストの御言葉の内に住む私たちになりましょう!

3.神との交わりをしっかり築く

神と和解して平和が与えられているにもかかわらず、私たちの心に平和が無いのは、神との関係が微妙にずれているからにほかなりません。だからそれを修正しなければなりません。正しい神との交わりを築き、失われている交わりを回復しなければなりません。神との正しい関係を捉え、それを実践していこうとする時、まず神に感謝し、神を賛美することが全てに先立ちます。感謝に溢れるならば、私たちは平和で満たして頂くことができるのです。パウロは 色々な困難な状況にあっても諸教会への手紙の冒頭で、「神に感謝します。神に感謝しなければならない」と必ず記しています。「感謝」があれば、私たちの平和は揺るぐことがありません。今週も神に感謝する私たちでありましょう!

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