神の恵みと希望の流れに生きる

そればかりではなく、患難さえも喜んでいます。それは、患難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと知っているからです。この希望は失望に終わることがありません。なぜなら、私たちに与えられた聖霊によって、神の愛が私たちの心に注がれているからです。              ローマ人への手紙5章3節~5節

まだ肌寒い日がありますが、桜が開花しました。春にふさわしい神からの勢いある恵みを頂こうという期待感を持ち、神に生かされている者として信仰を働かせましょう。「いつまでも残るものは信仰と希望と愛です」(Ⅰコリント13:13)と聖霊は語っています。神を信じて「信仰」を持って歩むこと、神にあって常に「希望」を抱くこと、神にあって「愛」すること、これらは無くなることがありませんので、私たちはそれらを本当に大切にしていかなければならないと思います。人生は悲喜こもごも、色々な出来事が起こる人生の中でも「私の信じる神は恵みの神である」という信仰をしっかり確認しておきましょう。
今日の聖書箇所は、ローマ人の手紙の中でも特に有名な箇所と言っても過言ではありません。ここから3つのことを確認しましょう。

1.この希望は失望に終わることがない

いつまでも変わらない「希望」を与えて下さる神がおられることを感謝しましょう。聖書の神は常に私たちに「希望」を与えて下さるお方です。私たちの人生は、しばしば「川の流れ」に例えられます。人生の中での悲喜こもごも、激流もあれば、緩やかな流れもあります。そのどんな流れの一場面を切り取ったとしても、神はそれぞれの場所で必ず私たちに希望を与えて下さる神なのです。神は必ず私たちに良き物を与えて下さる、恵みを備えて下さるお方であることを感謝しましょう! 「この希望は失望に終わることがありません」(5節)。この御言葉を私たちの胸に刻みつけましょう。

2.忍耐が練られた品性を生み出す

「患難さえも喜んでいます」(3節)とありますが、「患難」とは人生で体験する「試練」のことです。ため息や涙でしか表現できないような厳しい状況の毎日のことです。人生の中には辛いと言わざるを得ないことが起こります。けれど「神の恵みの流れ」の中で必ず次に来るものに期待しましょう! 「患難」が「患難」のまま固定されることはありません。詩篇の作者が「苦しみに会ったことは、私にとってしあわせでした」(詩篇119:71)と語っているように、実は「試練」「困難」「苦しい」と思われる状態こそ人として最高の心構え、人間として持つべき最高の資質を与えられるための準備の時なのです。「忍耐」を前向きに乗り越えた人しか身につけることのできない、その人らしい人生の味わい、深い人格、品性を生み出すのです。それは楽な体験からは、決して得られません。

3.保証は神の愛

この流れは、神の御手の中にあります。人生のこの流れが必ず次の恵みの流れへと導かれるのです。そしてその保証は、神の愛です。神の愛は、きれい事の概念ではなく、今も生きて働く聖霊によって神の恵みが愛という形で具体的に与えられていることを感謝しましょう。目に見えなくても、今この瞬間も働く神の聖霊によって神の愛が私たちの人生の中に豊かに注がれていることを受け止めましょう。
だから私たちは、どのように弱くてもつまずいてもあきらめません。神によって与えられる希望は失望に終わることがありません。聖霊によって神の愛があなたの心に注がれているのですから、「神の恵みの流れ」を更に体験してまいりましょう!

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