けじめの時に感謝をささげよう

…「主よ。感謝します。あなたは、私を怒られたのに、あなたの怒りは去り、私を慰めてくださいました。」見よ。神は私の救い。私は信頼して恐れることはない。…主は、私の力、私のほめ歌。私のために救いとなられた。あなたがたは喜びながら救いの泉から水を汲む。…「主に感謝せよ。その御名を呼び求めよ。そのみわざを、国々の民の中に知らせよ。御名があがめられていることを語り告げよ。主をほめ歌え。主はすばらしいことをされた。…大声をあげて、喜び歌え。イスラエルの聖なる方は、あなたの中におられる、大いなる方。」                      イザヤ書12章1節~6節

日本では、12月25日が終わると一晩で一挙に年末年始のモードになります。しかし、クリスチャンである私たちは、神が人となって生まれてくださったことをお祝いするクリスマスが、神の救いの御業の始まりであるということを忘れてはいけません。クリスマスから、新たな一年が始まるのです。
今日は2019年の締めくくりの礼拝です。日本人は、心の持ち方として「けじめ」を大切にします。私たちも、いつ始まっていつ終わったか分からないような中途半端な姿勢ではなく、タイミングや場面をわきまえて、けじめある姿勢を持ちたいものです。しかし最近は、正月の過ごし方や普段の生活習慣も、けじめの時の感覚が弱くなっているような気がします。私たちの命の歩みは、神様から与えられた大きな恵みです。一年を締めくくり、また新しい一年を迎えるために、神様に向かって感謝したいと思います。
イザヤ書12章は、紀元前8世紀ごろに、預言者イザヤによって語られた神様の御言葉が記されています。当時の時代背景はというと、周辺の大国との戦争が絶えず、自然災害や病気や事故によって亡くなる人が、今とは比べものにならないほど多く、貧しさや飢えによる苦しみと悲しみは、計り知れないものがありました。しかし、イスラエルの人々は、声をあげて神様に向かって歌いました。歌を通して神様に祈ったのです。詩篇の中でも、預言者は「苦しい時、辛い時、戦わなくてはいけない時、死の恐怖にさいなまれた時、声をあげて歌いなさい」と言っています。一年を締めくくるにあたって、2つのことを確認しましょう。

1.私は神様に向かって感謝します

人生に起こる出来事は、楽しいことばかりではありません。神様からの怒りや裁きや警告なのか、厳しい事態を体験することもあります。しかし、イザヤはその中で神様こそが私の力であり、ほめ歌だと人々に宣言しています。一年を振り返り、楽しいことは、その恵みを数え、苦しいことは、そこから神様からの教訓を学び、いつも共にいて助けられ守られていることがわかりましたと、心から感謝する者でありたいと思います。

2.周りのみんなと一緒に感謝します

クリスチャンである私たちは、不平不満を持ったり、非難によって人を攻撃したりするのではなく、家族や友人や教会の兄弟姉妹を巻き込んで、神様に向かって一緒に感謝し、いつも喜び合う者でありたいと思います。
イザヤの時代は、人々は不信仰で物分かりが悪く、戦争は続き、国の代表者である王の信仰は、不安定なものでした。そんな悲しみが溢れる厳しい時代でしたが、イザヤは、けじめの時には感謝することが基本だと強く人々に語りました。ここで注目して欲しいのは、「あなたがたは喜びながら 救いの泉から水を汲む」という3節のお言葉です。感謝する信仰者の歩みとは、たとえどんなことがあっても、神様の恵みから離れない者となることです。いつも神の救いの泉から流れる恵みをいただく者でありましょう。
一年の締めくくりのけじめの時に、私たち自身も、また周りのみんなとも一緒に感謝して、喜びを分かち合う者となりましょう。

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